2020年4月16日木曜日

悪の読書日記 曲げないドイツ人 決めない日本人 ネルケ無方(著)

2020年 4月 16日

本日の日本こそ、このタイトルにふさわしいと思う日はない。30万円配りまっせと、自慢話全開の面での内外へのいつもの嘘っぱちのアピールは、本日一律10万円と・・・・これも正体不明の話。やはり『・・・決めない日本人』なのであると思う、偶然か否。


最近非常によく読むようになったネルケ無方氏の著書『曲げないドイツ人決めない日本人』。著者の本を読めば読むほど日本という世界といわゆる外国の差を感じる事ができる。昔々の極端な外国人を集めたテレビのバラエティー番組とは大違い、考え深いところが多い。

本日もテレビの向こうのリアルな世界では今日も何も決まらず一日が終わる。見えない処で政治家はあの手この手でやるべき事をやっていても、それが実績につながらない、成果にならなければ「やっていない」のとおなじと考えるのがドイツ人 (ドイツ人でなくても、小生もそう思う)。ドイツ人が「◯◯さんはがんばっているよ!」と言うのは、◯◯さんをけなしている意味であり、「結果がでないなら頑張っても意味がない」と考えるのがドイツ人らしい。日本人は許容性が大きのか?「まあまあ・・しゃあないなあ」とやはり農業中心でこれまで千数百年生きてきたので天気はコントロール出来ないしなあ~という生き方から逃れることが出来ず、いまでも「しゃあないなあ」と考えるのかもしれない。
その為、結局我々日本人は「がんばったのに残念だったね!」というこの甘さ加減でここまで来てしまったのがすべての失敗だったのかもしれないと、個人的には思ったりする。
なんでもかんでもどっち?どっち?と、アニメの主題歌みたいになってしまう。

そもそも今日の10万円の話で、昨日までに話題の30万円に至る検討時間が既に活動した時間が無駄である。それは一人の時間でなく、組織の時間としてでもある。これが許されてしまうから日本人は生産性が低いのだろう、ゆるゆるで傷を舐めあってるのだ。30万円、10万円の議論についてとやかく言う人が多いが、検討した時間が無駄であるという批判をする人は居ても、圧倒的にそれは少数派なのである。
ドイツ人は理想優先でも「やる」と決めたらひたすらそれに突き進む、とにかく現実はあとからついてくるから走りながら考えるのだ!の如く突き進み、日本人は「やる」ことを決めたら「でも現実は・・・」と、もじもじ考えて、いつ決まるねん?という大きな国民性の違いのようだ。どっちが良いのか悪いのか、それは時と場合によるものかと一瞬考えたが、それが緩いというあいまいな理由かもしれず。ドイツ人なら兎に角進むしかないんだろう。
なぜ、そんな頑固なドイツ人の性格のなかから、ナチスが出現してしまったのか?その答えが本書には載っていた、その理由があまりにも怖ろしい。
それは、第一次世界大戦の敗北で経済的に落ち込んだドイツの人々は「これからどうなる?」という不安に陥り、みんながどうするべきか自由を求めて議論しつくしたが結局はまとまらず、ドイツ人は心底疲れきてっしまった・・・。そこへヒットラーが現れて「こうすればうまくいく」と言った。疲れ果てていたドイツ人は、
『自分の頭で考えるのがしんどいから、あえて自分の頭で考えるのを放棄して。ヒットラーに飛びつきました。その結果大変なことが起きたのです。ヒットラーは言論の自由があったからこそ誕生した人物であるといえます。(本書より抜粋)』
どこか状況が似ていないだろうか?、しかし幸いな事に現総理大臣はヒットラーの足元にもおよばい演説の下手さと、穀潰しに匹敵する嫁のおかげで現段階ではヒットラーの様な独裁者にはなれない。
しかし、控えの木偶人形は控えているのだと思わねばならない。

世論の話題と関係あるないにかかわらず、我々に必要なのはやはり『自分の頭で考えることを放棄しない』ことだろうと強く思う。これからどんな事があっても。
そんなことを想いながら、ここも変だよ日本人…と考えながら読み終えた。


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