2019年2月10日日曜日

悪の読書日記 精神科医が教える良質読書 名越康文(著)

2019年 2月 10日

こうしてコトバを繋げながら、日々時間が過ぎていく・・・・時間が過ぎていくのは人生を消費しているのと同じである。
ヤバイ・・・

昨日、『頭が良くなり、結果も出せる! モテる読書術』長倉 顕太(著)なる本を購入して即日読破した。著者は元某出版社の編集者で数々のヒット作を創りだした腕利き編集者である。これまで数冊の書籍と大量の電子書籍を発売されておられるが、こちらはどれほど売れているのかは不明である。
今回の『モテる読書術』というタイトルから下心的な書籍かと思えばそんな事はあまりなく、一応対象は小生よりも一回り以上若者が対象かと思われるが、小生の世代が読んでもおかしな事は全くない。
この本は簡単に言えば読書しまくって読んで読んで読みまくり、解らないコトバが出てきたらそれを探求して、知識と世界を広げて行くことが、知識の量と収入と比例する。つまりそれを使って『運』と『タイミング』を使ってこの世界を楽しもうではないか!!という本である。
では、何を読めばいいなど・・・それはあたりまえだが個人によって千差万別なので触れれていない(著者いわく一人ひとりアドバイスできない:当たり前・・・著者と読者の関係は1対Nである)。
知識を得ることで行動が変わる、変わらなければ意味がないと!

確かに、それも一つの読書であろう。そんな著者のコトバを裏付ける話が非常に興味深かった・・・・元々、某社は自己啓発的な本が多く、著者はそんな現場にいたので実際のリアルな現実を誰よりも熟知している、少し本から抜き出すと・・・
『自己啓発や成功法則にはまっていく人たちは、答えが欲しいがゆえにはまっていく。宗教にはまる人も同じ』
『ビジネス書の編集者だったから「ひたすら成功本を読んでるけど成功していない人」をたくさん見てきた。そもそも、成功本を作っている編集者が成功していないという皮肉も見てきた』
『出版社にいたからわかるんだけど、世の中の情報の大半は成功した人の話だったりする。  ただ、その人たちは、才能だったり、環境だったりにたまたま恵まれていた可能性が高い』
編集者が成功出来ないのは本当に皮肉である。作家(=成功者)と編集者は二人三脚で本をつくり上げるの共同体では無かったのだろうか?
何が足りないのだろう??何が足りなかったのだろう??、長倉氏のいう行動に繋げる事が出来なかったのだろうか?

本を読んで読んで読みまくり知識を習得して、行動を変えるのは確かに間違いではない。先日別の読書に関するもう一冊の本を読んでいた。
『精神科医が教える良質読書』 名越康文(著)である。



書籍から引用させて頂くと、名越医師は『常に自分の枠組み内でしか人の話を聞けない人は、いくら本を読んでも、いくらすばらしい講義を聞いても学べず、成長しにくい』という、
そして『「賢い人」とは、ただ知識があるだけの人ではありません。 知識を再構成できる人が賢い人 です。詳しく言うと、知識と知識を再構成して新しい価値観を作り出せる人という意味』であると、いわゆるS・ジョブスの話にちかい。

本日、2冊の読書に関する本が一部頭の中で繋がったのである・・・・まさにこれなのであると思う。小生もここ一、二三年は読む本を変えてきて、読み方を変えているつもりである。
いくら大量に読み漁っても、その内容を使えなければ意味がなく、枠を越えた世界でそれを何か(何だろう?)と結び付けなければ、ただ本を読んでいるだけに終わる、昔はこれだったのだ。

さらに
『読書をひとつの形式として位置づけるのではなく、相対化しないとただの読書バカになって、「1000冊読んでもバカなまま」 ということになってしまう』と、まさにである。『毎日ハウツー本や自己啓発書ばかり読んでいる読書、情報だけ仕入れる読書も、利点は山のようにあることでしょう。しかし、はらわたが1ミリも動かない読書であったならば、人間はいつの間にか腑抜けになってしまうのではないでしょうか』と。

これまで大量に本を読んできた小生だが、読んだ内容で点と点を結び付ける事はあまりなく、枠の外へもでる事は多くなかった。どちらかといえば頭でっかちになっていた。情報という知識に満たない内容だけが余韻として残るだけだったような気がする。自分はただの読書バカであったと思う。
つまり、まさに本に対して答えを欲しがっていたのではないだろうか?
圧倒的な読書量は必要であるが、そこから得た知識は使えないと意味がなく、行動に落とし込めないと結果が見えてこない。だがどうやったら落とし込めるかなど書いている本は何処にも無い。

 つまり
名越医師がいう「知識の再構築」をする為に読書を一つの形式として位置づけるのではなく相対化、大きく捉える必要がるのではないだろうかと思う。
知識と知識を繋げて再構築して何かを作り出すためにはまさしく、読書の枠を越えなければならないのである。

また、名越医師の面白いところは、哲学書や現象学の本を読むことで自分を相対化する事ができた。さらに本当の世界を知ることが出来たと。現象学の本を読んで価値観が変わってしまったらしく、これまで熱狂的な司馬遼太郎の『龍馬が行く』のファンであったが冷めてしまったそうである。読書にはそんな副作用もあるのであると述べられている。非常に正直である。


読書で収入を上げるには長倉氏の提唱する読んで読んで読みまくるしかなく。さらに名越医師の結んで、結んで合体するしかないのである。
知識の量と収入の量が比例することは無いと思うのだが、それは知識の量というよりは知識をどれだけ再構築して新しいものを作り出した量と収入が比例するという方が適しているのではないだろうか。


正直、名越医師と同じ様な事を教えて頂いた方が身の回りにおられ、まさしく自分のなかで本だけでなく点と点が結び付いてきた感じがある。
しかし、これからはそれをどうやって広げていき、収入に繋げるかを考えなければならないのは現実のリアルな世界である。


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