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2020年7月8日水曜日

悪の毒書日記 中央線は今日もまっすぐか? イヌイ・ジュン(著)

2020年 7月 8日

30年位前に読んだ本や雑誌のコラムやなんかでよく遠藤ミチロウは良いようには書かれていなかった。ウケ狙って裸になったとか、パンクじゃないとか、パンクを利用しただけの人だとか、喧嘩が弱いとか、エゴイストだとか。しかし、ここ数年、いや十年くらいか・・・温厚な人だとか、気遣いの人だとか。スターリンの事をあんまりよく言ってなかったミュージシャンも何故か「ロマンチスト」をライブでカバーしていたりと。いったいあれは何だったんだ?
よく考えてみたら、その当時(30年位前)は、単にみんな若かって、人間の本質を理解していなかったかもしれずである。所詮パンク、だれかを攻撃したい性格なのかもしれない。それが若さゆえ・・・。



スターリンのオリジナルメンバーであった、ドラムのイヌイ・ジュン氏による『中央線は今日もまっすぐか? 俺と遠藤ミチロウのザ・スターリン生活40年』という本が発売された。イヌイ氏がミチロウと出会うところから、つい先日の話まで時間軸に書かれたインサイドストーリーであり決して暴露本なんかでなく、「へえ〜そうだったのか」という思いが強く印象にのこった。
色々なうわさ話や、うそかホンマか解らん話の真相なども正直笑えたし、やはり話を盛っていたのか、あえて伝説を作っていた、作られていたようなことかと本当に面白かった。
どうしてヒゴ・ヒロシさんがスターリンでベースを弾いていたのか?これが一番驚いた。スターリン側からヒゴさんへベースを弾いて欲しいとお願いしたら、条件としてヒゴさんのバンド「チャンス・オペレーション」でイヌイさんがドラムを叩いてくれるならOKという逆提案をされてスターリンが解散したあと、イヌイさんがドラムを叩いていたのか、てっきりスターリン時代にヒゴさんとイヌイさんが意気投合してイヌイさんがそのままチャンス・オペレーションへ加入したと思っていたが違った。当時はそんな話はロック雑誌なんかに掲載されていたのかも知れずだが、当時の「DOLL」や「宝島」くらいしかパンクが載ってる雑誌は無かったので、いったいどうだったのかは今としては解らず。小生は初めて聞いた話であった。
よくスターリンはパンクじゃ無いと言われたりするが、日本でパンク・ロックを始めた人間の一人であるヒゴ氏が参加していたのであるから、パンク以外の何でもない。
しかし、パンクロックなんて「定義」はこの世の中には存在しておらず、定義されないこそがパンクロックではないか?それは情報と同じ様に、情報を受け取った時点でその情報は古い、過去の情報であるということと同じの様な気がする。
あのション・ライドンが昔々のはるか昔、小生が学生の頃の日本の雑誌のインタビューで、パンクファッションについても同じことを言ってた。「パンク」はこうあるべきみたいな革ジャン、破れたジーンズを履いたりする様なスタイル(形式)そのものが既にパンクじゃないと。

最近、他に読んだ本で既に今は個人そのものがメディアでありコンテンツであると。それは個人本人が「コンテンツ」化したいという欲望からそなるのではなく。SNSやなんちゃらインターネット上で使っている限り、既にそこには自分は知らないけどFACEBOOKの方が自分をよく知っているという嘘のような本当の話が現実には存在しているのである。つまり人生そのものがコンテンツ化されていまっているのだ、意図的に。
そうなれば、情報を受ける側でなく発信するアウト側にならければ面白くも何にもないではないのだろうか?そして既に焼き回しの形式通りのスタイルでは面白くも何もない。
いま、今日の時点で遠藤ミチロウとスターリンについて考えて感じたことは、スターリンというバンドの中で普段とは違う自分を演じていた温厚な遠藤ミチロウという人が、スターリンというコンテンツ、メディアをどう作り上げたかである。当時はインターネットもなければレコード会社といえばマスである。どうやってミクロを制してマスを制したのか?。でもそれは遠藤ミチロ本人が本当にやりたかった音楽だったのか・・・

謎は深まるばかりではなく、謎でも無ければ都市伝説でもない。そこには絶妙はメディア戦略があるだけである。
スターリンはパンクロックかそうでないかは、どうでもいい話しである。何もかも定義できない時代に突入してしまったのだ。そして誰もがスターリンになれる時代がやってきたのだ?

さあ、どう生きようか?


誰だぁー!!?

2020年5月24日日曜日

悪の毒書日記 ロックンロール・ジプシー 二井原実(著)

2020年 5月24日

「ぼくはロックで世界をみた」というサブタイトルの世界を股にかけたメタルバンド「ラウドネス」のヴォーカリストである二井原実氏の昭和63年に宝島はJICC出版より発売された「ロックンロール・ジプシー:ぼくはロックで世界をみた」である。何十年も前から読みたかったが、既に入手困難、高額になっており、先日メルカリで安価で見つけて購入した。


80年代前半から海外と日本で活躍するメタルバンド「ラウドネス」のヴォーカリストがヨーロッパ、アメリカをレコーディングやライブツアーで廻り、体験したことを纏めた内容である。この本を二井原氏に書くように奨めたのはあの某有名ロック雑誌の編集長もやっていた水上はるこ女史であり、「新ロンドンへ行きたい」という本で小生をロンドンまで行かせてしまった人物であるというのが、前書きとカバー後側で解った。

昭和63年という当時はバブル経済の後期の日本でありながら、海外で活動する日本のミュージシャンなんて、ラウドネスと近藤等則氏くらいしか居なかった時代である。しかも一般市民にはインターネットの無い時代である。偶然にも当時アメリカでLAメタルなんてブームがあって、アメリカのレコード会社が世界中の実力のあるメタルバンドを探していて、ヨーロッパのレコード会社と単発契約していたレコードを聴き、たまたまLAでのラウドネスのライブを観たというアトランティックレコード会社の人が、「こいつらは凄い!」と日本のラウドネスにアプローチしてきたというのが、アトランティックレコードとの契約に至るスタートだったそうだ。レコード会社でも過去に前例が無いことだったので、日本のレコード会社もどう対処したらいいのか解らなかったくらいの話だったそうだ。当時はレコードの輸出はしていたらしいが、日本のミュージシャンが海外の大手レコード会社と契約することなんて想定の範囲外であった。このレコード製作においても日本とアメリカのレコード会社のやり方が全く違うのだが、この点については本書で著者が十二分に説明されている。


レコード会社は利益の為にレコード作るという目的は日本もアメリカも同じだが、過程や考え方が全く違う。アメリカはちゃんとしたボス(プロデューサー)を置いて、良い売れるレコードを製作出来るプロデューサーを中心に制作する。ここにはレコード会社は一切口を出さない。確かにアメリカは購入人数が遥かに日本とは桁違いに異なるのだが、それにしても日本のレコード会社との考え方の隔たりは大きい。これは今もあまり変わってはいない気がする。
例えば、現在日本で製作・発売されている音楽は発売後にカラオケで歌われて金を稼ぐことを重視されているので、カラオケボックスでの曲の回転率を上げる為に長すぎるイントロやギターソロなどは好まれないというのが現実らしい。ミュージシャンや製作者の良いものを作りたいという意思はあまり反映されておらずレコード会社主導で音源が製作されているのである。
やはり購買人数の桁違い差と国土面積から考えるとアメリカのレコード会社のレコード製作における考え方は正しいし、日本でいくら売っても・・・という日本のレコード会社の人の反論はあるだろうが、これまでロックを聴くのは中高生、大学生としか考えてこなかったので購買人数を増やせなかったというところは反省すべき点であり、自ら首を締めていたということだと思う。


さらに海外ライブツアーの話が本当に凄い。いわゆるフロントアクト、スペシャルゲストと言いながら前座で大物ミュージシャンと全米を廻るのだが、前座の為に殆どサウンドチェックも出来ない状態で一発勝負でほぼ毎回演奏するらしい。客入りの中で機材のセッティングをスタッフがやっている事もあるそうだ。ステージはメインのミュージシャンのセッティングの前方に前座である自分たち機材を並べるので、それ程広くなくむしろ狭い中で演奏をやらなければいけず、何から何まで相当大変だったそうである。しかも、モトリー・クルーと一緒に廻ったツアーは良かったが、AC/DCとは最悪だったらしく、客の態度が最低だったらしい。以前、同じ職場にいたラウドネスの熱狂的ファンの同僚によると、ギタリスト高崎晃氏がAC/DCのギターリストより遥かにギターが上手すぎるので客にブーイングされたという話を聞いたことがある、その同僚に借りたラウドネスの海賊版ライブビデオはステージに爆竹を投げ込まれていたことから、やはり当時は「なんで日本人がロックやってんねん?!!」みたいな風潮が大きかったのだろう。
本書は最初に書いた通り昭和63年つまり1988年の本である、今とは世界情勢も全く異なるし、生活形態も全く異なる。だからと言ってこの本が決して古臭いというのでなく、また懐かしいという感じもあるのだが、実はそれ程頻繁にそれは感じられない。なぜなら、これはこうだという著者が得た情報や知識を中心に書いたものでなく、著者の感じた気持ちが優先されて書かれているからだ。多少は著者の脚色があるにせよ、本書で語られているのは、日本という小さな島国で生きていると知らないことが多すぎるということだ。たとえ現在の様にインターネット云々で世界の出来事がリアルタイムに地球上に配信される事があってもそれは単に情報でしか無く、自分の体験や経験ではないので本質はなかなか伝わりにくい。売る側からみれば、本書はタレント本といえばそうなかもしれないが、感情的な部分を読みとることでこの本は単にタレント本では無いことが簡単に解るはずだ。

時はバブル経済の後期であったのだが、日本の電化製品は世界中で売れまくっていたが、結局日本の文化は殆ど海外で広まらずであった。そういえば本書でアメリカの寿司屋の話が出ていたが、いま日本の美容師と寿司屋は海外で稼げる職業である。

数年前に発売された二井原実氏の著書「singer」には、これ以降の事が詳しく書かれている、立ち読みしただけなのだが・・・世界的なメタルブームは数年後には終焉を迎え、ある日二井原氏がレコード会社へ行くと知り合いのレコード会社社員はだれも居なかったそうである。

それがアメリカの会社、レコード会社なのであろう。だから売れるレコードの製作には必死なのだろう。

2020年5月9日土曜日

悪の毒書日記 音楽入門 伊福部昭(著)

2020年  5月  9日

数年前にご近所にお住まいの電子系音楽家の方に奨められて購入したけど読んでなかった、いわゆる積ん毒状態から脱出させた一冊。本書は昭和26年に最初に発行された本らしく、どうやらその時はは小冊子であったようであり、その後何回か再発に至り本書は2016年に角川文庫からの再発であり。2003年の再発版には無かった、1975年に同人誌か何かに掲載された著者のインタビューを追加したものらしい。著者、伊福部氏は1914年生まれで既に2006年にお亡くなりになっておられる。



本人による「あとがき」にもあるように、今読むと時代遅れ的な部分もある。それは音楽的な話が古いとかでなく、その頃の研究では判明してなかった(科学的な)歴史的事実や昭和26年には無かった音楽技術を前提に書かれているからで、その為現在の世界を考えると成り立たないと感じる部分もある。当時はロックもフリージャズも生まれていないし、音楽用コンピュータやシーケンサーも無ければ、シンクラヴィア、シンセサイザーもムーグも本格的なエレキギターさえも存在していない、つまり開拓者であるジミ・ヘンドリックスもクラフトワークも現れていない。それを差し引いても今読んでも十二分に内容に存在感というか重みのある本であり、気付くことがあまりにも多い。いやこれは・・・・こうだろうと思ったが、それは音楽においての現在の技術だからできることだったりするという技術のなせる技である。

 伊福部氏といえばあの映画「ゴジラ」のあの曲である。あの映画があれほど素晴らしいのはやはり、あの音楽の力が相当影響していると感じる。もし、あの曲でなければ、あれほどの影響力は無かったかもしれない。「大魔神」の音楽も伊福部氏の作曲らしく、東宝の特撮は殆ど伊福部氏が音楽を担当されている。

音楽について書くのに、古代の哲学者やショーぺンハウアーの現象学まで引き出してきて説明する、ザッパとビーフハートが学生時代に二人で聴き込んだエドガー・ヴァレーズも本書では登場する、伊福部氏にはもはや敵わない。しかも元々音楽になろうとしたのではなく、北海道で地元の大学の農学部出身で、戦時中は木製飛行機の部品の製造研究をしていて終戦後にコロナ放電の研究をしていたら事故になって一年間休職。その後東京に移り色々あって東宝にてそれまで趣味で好きだった音楽の仕事で生きていくという凄い方なのであるが、本当は画家になりたかったそうである。
なんと1950年〜51年の僅か2年間に29本の映画音楽を担当しているそうだ。当時の映画音楽のほとんどは、脚本を読んで内容を想像して音楽を作るという手順だったらしい。しかも映画の内容は自分で選ぶのではないから、会社(東宝)からジャンル無法で指示されて、脚本を読んで作曲するっていう方法だったので、やはり相当量の知識と想像力の賜物であると考える。おそらく伊福部氏が農学部出身で、終戦前後に木製飛行機の部品製造に関する研究なんてしておらず、普通に音大卒業の人間であれば、これほど迄の功績は残せなかったのでは無いだろうか。
この本を読んでいくと明らかに前述の通り伊福部氏の知識量に圧倒される。しかも、音楽学校で音楽を学んだ方ではないのが、許容範囲の広さと脳ミソの柔軟性が凄かったのだろう。多分,E・ノイバウテンとか観たら絶賛していたのではないだろうか。
しかし、自分には「音楽」とは何なのかという疑問というか、筆者との意見の食い違いではないが、モヤモヤとした感じが残ったのだが、それが悪い感じではなく、脳ミソがその答えを求めようとして、何だか気分が良いのだ。

著者がこれだけの良質のアウトプットをするには、大量の良質なインプットが必要だと実感した、それにはそのインプットする情報が、情報なのか知識なのか、さらに自分にとって必要かそうでないかの判断できるスキルを磨かねばならない。良いか悪いか必要か否の直感は自分自身そのものである。小生は圧倒的にインプットが不足していると改めて実感した。さらに、尊敬するクリエイターが言うように好きなことは続けることの重要性、大切さ。最初は収入にならずともである。
ゆえに、芸は身を助ける、のであると。

2020年5月4日月曜日

悪の毒書日記 天使のいる星で 鈴木重子(著)

2020年 5月 4日

ラブ・ザ・アースだぜ!! と先月くらいから言いまくってた気がする。
以前、有名な日本の哲学研究者の方が、ジャズボーカリストの鈴木重子は良いと、言ってたのを思い出した。普通ならまず、ここで鈴木重子さんのアルバムを買うのだが、先に本を買ってしまうのである。
もし、これから聴こうとするミュージシャンが本を出版していたり、ブログでコトバを綴っているのなら先にそちらに触れるべきだというのは完全な持論である。コトバが面白いミュージシャンは出す音、奏でる音も面白い気がする。コトバだけでなく、考えてること、日々生きていくなかで何を想いながら生きているのかを、音を聴くよりも先にコトバである。
脳ミソの構造や各パーツの役目はよく解らないが、今までの経験でこの持論は当てはまることが多い。近藤等則に、44広瀬”Jimmy”聡は典型的な代表人物だ。ヴォーカリストに至っては、元々詩人になりたかったという人も居る。リチャード・ヘルなんてそのものだ。



今回は毒書でなく、読書である。
『天使のいる星で』は鈴木重子氏本人が日々感じたことを、数行のコトバで表現したのを集めて、イラストと共にまとめた内容である。コトバは非常にシンプルに纏めて余分なコトバは削られているのでなく、最初から思いつくことは無く、必要なコトバだけが浮かび、そのコトバを書き出して書かれているのかと思う。

その内容はあまりにもシンプルで、普通という日常が非常に大切だった、いや大切である。と、いま一度認識させられる。多分、本人は読者にそう感じてほしく書いたつもりは全くないのだが、昨今の事情が普段以上にそう思わせる。作者からは決して「こう生きようぜ!」なんて事は一切語られることなく、「こう生きています」とコトバを並べているに過ぎず、イラストがそのコトバ達の意味や重みを快く増長させている。 どこか哲学的なのだ・・・というと、かなり纏まりが無い表現なのだが、大切なのはいま現在だとか、人生は無限大の選択肢であるということを本当に解りやすく表現している。著者鈴木重子氏が「ここは◯◯の考えよ!」とか「マインドフルネスだわ!」とか意識して書いたとは絶対に考えられないが、多分著者の生き方の根底にある部分なのであろう。
そして、彼女は宇宙との繋がりを意識して毎晩、地球の上に生きている事に感謝して眠るらしい。
で、小生はアマゾンでCDをオーダーする。

これからは、地球を愛して生きようと日々想う。
LOVE  The  EARTHだぜ!!


2020年5月3日日曜日

悪の毒書日記 ジャズの前衛と黒人たち 植草甚一(著)

2020年 5月 3日
十数年前に職場の上司より頂いた植草甚一の「ジャズの前衛と黒人たち」、頂いたときは急いで読む気持ちに至らず最近になって読みだした。内容は小生の大好きな領域にもかかわらず、積ん毒(読)ならぬ天井裏へ禁錮刑であった。最近やっと真面目に本書を手にとってみたのだが、1967年の発行で本書は初版ではないが1970年に発売された10回目の増刷本であり、ちょうど50年前である、上司は現在七十歳近くで、本書をよく見ると当時の上司の蔵書サイン入りで、購入したのは1970年の6月当時塚口駅前にあった書店と思われる・・・いや大阪市内の書店か?の様である。さらに、愛読者カードは昭和45年10月まで有効ときた。



先日、本の読み方を教えて頂いた師のブログに、「本のこと、読書のこと」・・・というテーマの時に『読まねばならないという強迫観念から脱した時にはじめて読書の意味がわかる。見て選び、装幀やデザインを味わい、紙の手触りに快さを覚え、書棚の背表紙を眺めることもすべて読書だということ。(中略)急ぎ足で読むことはない。速読ほどさもしくて味気ない読書はない。著者が一気に書き上げていない本をなぜ一気に読まねばならないのか。』と書かれていた。
昨今の出版社不況の中、出版業界にもてはやされているのは、読書を進める有名人よりも多読、速読を薦める有名人を出版社の垣根を越えて担いでいるいるのがよく解る。それだけ本が売れていない、いや売れる本が無いのだと思う。もう速読なんどは御免だ、これからの人生はじっくり読書生活に浸るのである。

50年以上前に出版された、植草甚一氏の「ジャズの前衛と黒人たち」はどうやら、著者の初の単行本で、以降の著者の出版数は相当な数である。植草氏の文献のテーマは音楽、ジャズに限らず映画やミステリー小説・・・フランク・ザッパなどへと至る。しかもジャズを聴きだしたのは50歳手前で、71歳でお亡くなりになるまで二十数年しかジャズを聴き込んでいないにも係わらず、これだけの文献を書き、あれだけの書籍を出版できるのである。お亡くなりになられた時は古本屋数件分の蔵書があったそうである。しかも積ん読状態で。その写真をネットで見る限り、我々が積ん読してしまっているとか、アマゾン・KINDLEの中に積ん読してるなどというのは、植草氏から見ると幼稚園以下のレベルであり、鼻で笑われたら、笑われるだけ幸せだろう。

そんな方の本を、一気に読むのは明らかに著者の気持ちを反しているのではないかと前述の師のコトバを読んで感じた。本書を上司に頂いて約十年放置という熟成を得て読み始めたのも、これは何かの「縁」ではないが、「偶然」ではなく。本とはそういうものなのであろう。師の言うとおり、「著者が一気に書き上げていない本をなぜ一気に読まねばならないのか」である。しかも本書は40項目に分かれている。読んでも全く知らないミュージシャも出てくるが、中盤以降の話は個人的に格別に面白い。実は本書をすべて読んだワケでもなく、最初から読んだワケでもない。目次を見て、読みたいと思う、興味のある章を選んで喚んでいる。

特にESPレコードの話は格別である、あのESPレコードである!、サン・ラーのライブアルバムでピンぼけ写真をジャケットに採用するあのESPレコード。元々レコード会社はメインのミュージシャンにだけしか印税は払われて無いのが常だったが、サイドのミュージシャンへもレコードが売れたら支払をする仕組みをESPレコードは始めたそうである。創業者は本職が弁護士だということも面白く、ほとんど本職の弁護士の仕事はしていなかったらしい。また、本書では大好きなオーネット・コールマンや、セシル・テイラー、アルバート・アイラーの話題がよく出てくる。オーネットがハーモニーの研究をやりはじめたとか・・・そのきっかけはとか、ファラオ・サンダースという新人のミュージシャンが・・・などと実に面白い。しかし、尊敬するサン・ラーの章はさらに格別面白いのだ。今だから言えるのだが、サン・ラーは本人たちも管理できないくらいの音源をリリースしているのだが、自らの自主レーベルでも同じ盤でジャケット違いは常で、ほとんどが家内制手工業でメンバーが封入したりしていたとか、その為印刷の手配やなんかの関係で品質管理はアナーキー状態である、中身とジャケットが番うのもあったりしたそうである。さらにサン・ラーは海外ツアーなどでは現地で資金難になることはよくあることで、その都度その時にライブレコーディングしたテープを現地のレーベルに売っては活動資金としてグループを運営していた。その結果、色々な世界中のレーベルから計り知れない量の作品が発売されていて、本人達は解らずで現在では熱狂的な研究者による研究文献とネットの誰か知らない人が作ったDISCOGRAPHYが最新情報となっているのである。
また、今では「前衛」などとあまり言われないが、当時はアヴァンギャルドというよりも、前衛という言い方が主流というのはおかしいが、常だったと思う。頭脳警察の曲のタイトルに「前衛劇団”モータープール”」というのがあるくらいだ。タイトルは「ジャズの前衛と黒人たち」だが、それほど前衛的なミュージシャンが出てくるわけではないが当時はそれが前衛だったのだろうが、マイルスやなんかも出てくるのが、1967年以前のマイルスはまだ電気化前夜で、いまでいう普通のセンスが抜群のジャズであるが、これから面白くなるという以前のマイルスである。70年以降に植草氏が電気マイルスをどう感じたのか、植草氏の文献を探してみたい気もする。
植草甚一のコトバは、まさに「音が聞こえてくる文章とはこのことなのだ」と言える。文章のなかに、ジャズ喫茶で「勉強」と表現しているのだが、何の勉強なのか?と考えたが、それほど深く考えなかったが、「あとがき」にはジャズを聴くのは勉強とのことである。

読書を勉強だという人も居るが、それは人それぞれであり、ジャズを聴くのが勉強かといえばそれも人それぞれである。

趣味として読む、聴くのと、自分のなかで研究対象として読む、聴くのとは区別しているのであるが、植草甚一氏の文書を読むのは前者であり趣味である、そして日々、オーネット・コールマンは勉強、研究対象として聴くが、ジョン・ゾーンは趣味として聴いて楽しんでいるのである。

ESPレコード、アルバートアイラー共に名盤である一枚。





2020年4月30日木曜日

悪の毒書日記 マリアンヌ・フェイスフル As Tears Go By マーク・ハドキンソン(著)

2020年 4月 30日

「不要な外出は避けてください」という、政府の方針で週に2回ほど勤務先に行き、あとは引き籠りの如く自宅でパソコンとスマホで在宅勤務をして過ごしている。理由は説明は不要だと考えるが、新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐためへの政府のタイミングのズレた対応からである。世界中で何十万人以上の方が感染している感染症で、感染力は強いが病気としては弱いと言われながら、相当数の方のいのちを奪っているのも事実である。
その新型コロナウィルスに4月の初めに、マリアンヌ・フェイスフルが感染しロンドンの病院に入院中というニュースがネットに流れた。(その後、どうなったかは今日現在もネットのニュースには出てこない。無事に退院されていることを望むばかりである)
あのマリアンヌ・フェイスフルである。アニメ版:峰不二子のイメージの元になったマリアンヌ・フェイスフルである。正確に言えば、アラン・ドロンと共演した映画『あの胸にもう一度』の主人公レベッカを演じたマリアンヌ・フェイスフルである。日本では有名というか名作とされている映画『あの胸にもう一度』だが、実はマリアンヌ本人も評価が低く、いまだにアラン・ドロンが有名人で大スターの日本だけにこうなるのだろう。内容は本書でも触れていたが「いまいち」の映画だ!



今日読み終えた、「マリアンヌ・フェイスフル As Tears Go By」は彼女の自伝でもなく、本人に依頼された訳でもなく。マーク・ハドキンソンというライターが彼女の周りの親しい人物などに取材をしてまとめあげた本であり。本人もマリアンヌの母親もマーク・ハドキンソンからの取材を断っていたようで、悪く言えば勝手にライターであるマーク・ハドキンソンが書いた本である。嘘っぱちや当時の曖昧な記憶を証言した人の話を真に受けて書いた部分もあるかもしれず。良く言えば、他人が書いたから本人から見れば客観的に自分を振り返られるかもしれず・・・記憶に無い自分に出くわすことができるかも知れない。
仮に事実の事象が一つあったとしても、それを複数の人が体験した事実の場合、嫌な感じを受ける人もおればそうでない人もいるので、事実とは人の感じ方によって変わるものである。
しかし、この本を読んで感じたことは、覚醒剤の依存症というのは恐ろしく人間を破壊してしまうという印象が大きい。60年代後半の文化をそのまま70年代、80年代半ばまで引きずったマリアンヌの生活は読んでいて恐ろしく感じることもある。
あのミック・ジャガーでさえ、マリアンヌのドラッグやり過ぎに注意した位である。実際にはミックが彼女を捨てたのではなく、むしろその逆のようだ。マリアンヌの連れ子と別れたミックはマリアンヌと別れたことよりも、かなり落ち込んだそうである。なんてミックはいい奴なんだろうと思ったりする。
結局、唯一ヤクの売人が自分を何の隔たりもなく扱ってくれる人間だと勘違いしてしまうほどである(ヤクを買ってくれる人なら職業、性別、人種、年齢、経験を問わず平等に扱ってくれるので)。

多分、人間辞めますか?覚醒剤辞めますか?と言われても、人間辞めますという行動に出てしまうのだろう。結局、マリアンヌは当時のパートナーがビルの36Fから将来を案じて飛び降り自殺をしたことで薬から足を洗うことを決意する。
昨今のニュースで話題の休業要請が出ているパチンコ店に行く人は、人間辞めますか?パチンコ辞めますか?で人間辞めます!というタイプの人で、それがギャンブル依存症というものなのだろう。この状況でもパチンコに行く人は残念ながら依存症なのである、それを解らずパチンコ店名を公表するとどうなるかは、少し考えれば解るはずでは無いのか?

そんな今の話題を省いても、人間の恐ろしさを知るには色々な意味で面白い内容であったし、音楽メディアやマスメディアが60年代後半、70年代当時に書いていた内容とはやはり食い違いがある、Rストーンズやその周辺の話はやはりゴシップと呼ばれる内容で誇大解釈を報道したものが多いようである。だがそんな世界に十代の後半から運良く簡単に成功を手に入れてしまった、貴族の末裔であるマリアンヌ・フェイスフルは楽しくもあり辛い世界を歩み続けてしまったのだと思う。もし・・・・だったら、・・・・だったのにというのは、いまさらである。
そんなことよりも、最近のマリアンヌの活動を見ている方が面白い。本書は90年代初頭で終わっていて、以降の活動には書かれていないが、90年代以降の彼女の作品は実に面白い。それまでの過去の出来事を精算することは出来ないが、それに匹敵するのではないだろうか。

やはり人生は、今を生きることなのだと改めて感じた。

2020年3月20日金曜日

悪の読書日記  いのちは即興だ 近藤等則(著)

2020年 3月 19日

先週末に近藤等則の新作二枚が一般販売を前に届いた。今回は六枚同時発売という素晴らしき非常識というファン泣かせである。流石に一気に六枚は買えないので、今回のメインであるIMAバンドのライブアルバムと近藤さんのソロアルバム『Born To The Blue Planet〜toshinori kondo plays Melodies』を購入するに至った。

二枚の内の一枚『Born To The Blue Planet〜toshinori kondo plays Melodies』はジャケットから素晴らしく、ジャケットの素晴らしさと音の内容の素晴らしさは比例するという、EBTGのトレーシー・ゾーンのソロアルバムに匹敵する内容だった。
そのソロアルバム『Born To The Blue Planet』のサブタイトル『 toshinori kondo plays Melodies』にある「melodies」というコトバがふと気になった。普段ならこんなことはない。いまから10年くらい前に発表したアルバムに『Silent  Melodies』というアルバムがあった。これは小生には珍しく近藤さんのアルバムで数少ない愛聴盤である(IMAバンドが素晴らし過ぎて、ソロアルバムでは『Silent Melodies』と『Touchstone』しかスマホに入れてなかったが、昨年『ラッパ富士』を購入してスマホに追加した)。
『Born To The Blue Planets』はIMAバンドの音とは真逆の、いわゆる静かな曲が収められたアルバムだ。



そして、なぜか急に近藤等則の著書『いのちは即興だ』(2008年に出版された本)を読みたくなった。この本は表紙以外、内容は殆ど記憶に無いのだが、何だか急に読みたくなった。ただそれだけで早々自宅の天井裏から苦労して本の山から探してきた。
この本には『Silent Melodies』について書かれていた。
 沈黙と音を分けることはできない
 それは生と死を分けるよう
 沈黙から生まれるメロディーがあり
 そのメロディーかが鳴ることで沈黙が姿をあらわす
 沈黙から命が生まれるとしたら
 沈黙はいつもいのちと共にある
 沈黙の響き
(「いのちは即興だ」:第7章ー音の可能性『サイレント・メロディーズ』より抜粋)



このアルバム『Silent Melodies』をかけたら、部屋に居る人に「静寂」があって欲しいと考えて製作したアルバムらしい。その「気持ち」もアルバムには入っている・・・。偶然か必然なのか、読書は読む前から始まっているという某有名クリエイターのコトバを思い出した。

久しぶりに『いのちは即興だ』読んでみると、古ぼけていないというか時代を感じさせる事が全く無い内容である。今日発売でもいい内容なのである、発売は前述の通り2008年、ちょうど12年前であるが、つまり一昔前から近藤等則というミューシャンの言ってる事、訴えていること、メッセージにはブレが無いなであり、世間は進化していないのである。近藤等則は一貫して同じ事をいい続けているのだ。俺の人生を狂わせた一冊『我がく闘かえり』とコトバや表現は異なるが、内容の根底にあるものは全く同じだ…つまり何十年も一貫して同じメッセージを放出しているのだ。
日本にそんなブレない政治家いるか?


多分、いや絶対・・・
近藤等則は音楽家、ミュージシャンでありながら実は『革命家』なのだと思う。

IMAバンドの頃は歌を唄いメッセージをコトバで伝えていた。25年ぶりに復活したIMAバンドでもコトバのメッセージを発信している。そしてこのように書籍を介してコトバでメッセージを伝えているが、本来はトランペッターである。音だけでココロを伝えるのが本職だ!
そして、革命家の一貫したメッセージは、僕にはこう聞こえるのだ‥‥

まず、『自由になれ』と。
それはアナーキズムで世界秩序を一旦破壊してしまえみたいなレベルの話ではなく。誰が決めたか解らないルールに縛られて楽な生き方をするのでなく、自分で考えて型に嵌まった世界から抜け出せ!。
近藤等則の奏でる音は常に変則のフリーフォームが殆どだ。IMAバンドはギター、ベース、ドラムという構成であっても、完全機械のシーケンサーが入ったり、DJがターンテーブルで決めたりと組み合わせが無限であるということを証明している、IMAバンド以外では電気トランペットと何とかというくらいに無限の組み合わせ、自由な型で表現を続けている。音楽に国境はあるがミュージシャンには国境はない筈だという近藤さんは、常に世界レベルで動いて、地球レベルで物事を考えているのだろう。
日本人はいつしか誰も決めていないルール‥‥大学を卒業したらすぐに就職しないといけないとか、サラリーマンは家を買わないといけない。モノを買って消費ばかりする生活。そんなルールでもないことに、気がつけば誰かの悪巧みでうまく縛れているのでないだろうか。
そこから脱出するには個人々が考えて行動しないといけない。そんな世界から解放されるのだ!と電気トランペットの音が響いている様に感じるのだ。

そして『地球という乗り物に無銭乗車している』ということ。
地球という星に生まれて生きているだけ幸せ、まず幸せありから考えるべきだろ。いつしか我々はそんな事を忘れて自然を壊して壊して修復が出来ないレベルまで来てしまった。そしてその事をやっと最近気がついたけど。だれもどうしたらいいのか解らない。
せっかく地球という乗り物に乗っている、乗せさせて貰っているんだから、「一瞬」。一瞬を大事に地球と一緒に生きようぜ!と、そういった革命家の「気持ち」も音の中に感じるのだ。


真剣に近藤等則という革命家の音楽を聴きながら考えることは、『地球の重力からも自由になる』ということ。
近藤等則のアルバムを聴きながら、聴いている自分が地球の周りを漂いながら地球を眺めている姿をイメージすると、重力からも開放されるように小生は感じる。そしてそんなふうにアルバムを聴くことがよくあり、そんな気持ちにさせてくれるのである。

******

2019年末より暴れだした新型コロナウィルス。発祥や出現はいまだに謎であり、詳しいことや事実は解らないが、これが地球の悲鳴なのかどうか。またもし、そうで無いのであれば、明らかにこれは人類への挑戦だと思う。
人類が初めて一つの共通の目標に向かって走って掴んだ成果は「オゾンホールの縮小」だったが。今回はそんなレベルではないのだ、これは人間個人々への挑戦なのだと思う。

こんな時に必要なので、国家総動員法的な押し付けられたような考え方でなく、人間一人々が真剣に考えて行動すること。お馬鹿な政府や間抜けな知事の言ってる事を真に受けて地球と人類を破滅させるのかと。
もう、これまでの考え方や生き方で地球という乗り物に乗っていたのでは通用しない。その為には人間は『自由になる』しかないのだろうか。

2020年2月16日日曜日

悪の読書日記 パンクライナーノート 森脇美貴夫(著)

2020年 2月 16日

少々気分が重いのである・・・そんな時に自宅の天井裏から偶然『パンクライナーノート』、森脇美貴夫(著)を発掘できた。久しぶりに森脇さんの書いた70年代〜80年代の当時のパンクのレコードに一緒に入れられていたライナーノーツを読んでみる。
文章力強いし、コトバも切れ味が鋭い。今とは違いインターネットが無かった時代にロック雑誌やレコードのライナーノーツは聴きてや音楽好きの人間には貴重な存在であった。ロック雑誌は実際に何かが起こった、記者会見したなどの事象が発生してから2ヶ月くらい遅れての活字であったが、当時はそれでもそんな遅れた情報でも貴重であった。



それしか情報源として存在していなかったのである。そしてレコードのライナーノートである。
70年代〜80年代初期のパンク、ニューウェーブのライナーノーツはほとんどが雑誌DOLLの編集長であった森脇美貴夫氏だと思う。違うのもあるんだが・・・えっ、このレコードのライナーって森脇さんじゃないの?ってのも正直ある。だがセックスピストルズの日本盤は殆ど森脇さんがライナーを書いていたんではないんだろうか?

84年に発売された本書は前述、タイトルの通りライナーを集めて本にしただけの内容である。アルバム一枚だけ発売して消えたバンドや、全く知らないバンドなどかなりのアルバムのライナーが収録されている。
でもやはり特筆すべきはセックスピストルズのライナーである。この一冊の中には、グレートロックロール・スウィンドル、ベスト・オブ・セックス・ピストルズ、勝手にしやがれ(81年盤)と3枚のアルバムについて書かれている。多分、森脇さんのセックス・ピストルズのライナーを書く意気込みは他のアルバムのライナーを書くときよりテンションが高いと思わせる。やはり思い入れの強いバンドであり、パンクを確立させたバンドであったからなおさらである・・・。
前述の通り、一枚しかアルバムを出さなかったバンドはご存知の通りセックス・ピストルズである。一枚しかアルバムを出していないにも関わらず伝説として後世に名を残すのであるから凄いのである。何が凄いのかなんて説明できないが。しかし、一枚しかアルバムを発表していないが伝説となって今でもアルバムが売れているバンド、一枚しかアルバムを出さなかったが今ではアルバムが手に入らないバンド(マニアしか理解できない)と二種類に分別されると思う。X-Ray Spexなんてまさに前者であると思う。

この本にはパンクのライナーノーツながら「ポリス」や「エルビス・コステロ」のライナーが収められている。当時コステロはパンクに触発されてコンピュータープログラマーを辞めてミュージシャンになったとか・・・ポリスはちょっと解らないな。また本書に載っている「ブロンディー」は元々パンクなんかでなかったけど、パンクの波に乗ってしまえとばかり、パンクバンドみたいなイメージ戦略をレコード会社に組まれてしまったそうである。これは本書には書いていないが、この事実を知って本書を読めば納得できると思われる。

ところが80年代末期以降の森脇さんのライナーはどこか元気がないのである。
実は数年前から何を考えたのか、セックス・ピストルズの公式ライブ盤など(本当に公式かどうか不明、しかし日本の大手レコード会社が真面目に発売している)を買い集めているのだが、いくつか森脇さんのライナーが入っていたりするのだが、もうひとつ元気がないというか文章が力強くない。時はインターネットが普及しだした時期でありSNSなんてのはまだ出現していないし、ホームページを持っているバンドすらそんなに多くない時代であった。確かにセックス・ピストルズのライナーを書くことに対して既にモチベーションが上がらない程セックス・ピストルズについて書いていた為、これ以上何を書くねん?!!みたいなところがあったのかもしれない。
 
例えば・・・
またレコード会社からセックス・ピストルズのライナーの依頼かよ?
このアルバムって昔、海賊盤やったアルバムやんけ?あんまり音質変わってないやんけ?
テイチクレコードがなんでセックス・ピストルズのアルバム売るねん?演歌のテイチクやろ?
と、勝手に妄想と想像をしてみるのだが。

そういえば、スターリンのメジャー第一弾「ストップ ・ジャップ・・・」は森脇さんの プロデュースだった、セックス・ピストルズのファーストアルバムの様にギターの音を何度も重ねて録音したそうである。それほどセックス・ピストルズ『勝手にしやがれ』への想いれも強かったのかと・・・これ以上は無理だ!なのか?
文章やコトバはその時の人間の精神状態が強く打ち出されるものであると言われる。確かにそうかも知れずと最近は思う。

さて、現在本書の著者である森脇美貴夫氏はどうされているのだろうか、どこにも森脇さんの名前はでてこないのである・・・週に一度は考える日々。
会った事は一度も無いのだが・・・なぜなら本書は10代の人間の人生を変える位のパワーに満ちていたからである。

2019年10月27日日曜日

悪の読書日記 嫌だと言っても愛してやるさ 遠藤ミチロウ(著)

2019年 10月 27日

今回は本当に悪である。
遠藤ミチロウの書籍が文庫本で発売されるのは、なにか変な感じがしないでもない。過去に何度も内容を追加し表紙を変更して出版され続けていたエッセイ『嫌だと言っても愛してやるさ』が文庫版になり、内容もさらに追加され、表紙も全盛期のスターリンのライブ写真、石垣章氏の撮影した写真である。あとがきは『爆裂都市』の映画監督の石井相互である!!
どうして今までこの本『嫌だと言っても愛してやるさ』を買わなかったのだろう?と今になって考える。正直、80年代の遠藤ミチロウ(スターリン)が好きなので、フォークギター1本でうたを唄う遠藤ミチロウにはあまり興味が無かったのだ。実は音楽に歌詞は必要なのか?コトバは必要なのか?と90年代後半から考えるようになって、音楽というものは音と音がぶつかりあって凌ぎを削って音を出すのが音楽ではないのか?と考えている時期があり、簡単に言えばフリージャズとか即興演奏のバンド活動をしていた為に遠藤ミチロウのギター一本で唄う活動には興味が無かった・・・・。



スターリンの殆どのアルバムに出てくる歌詞に日本語と英語が混じった歌詞は少ない・・・・。『MONEY』の「I LOVE MONEY・・・」程度くらいで、
「STOP JAP」なんて日本語(和製英語)であり、殆どの歌が日本語と和製英語(カタカナ英語)で固めた歌詞と言っていいだろう。ミチロウは常に日本語のロックに拘っていた、ビートルズの「HELP!」をソロシングル三部作で収録した時も本当は日本語の歌詞に超訳したが許可がおりず、へんちくりんな曲になってなんだか変なカバーソングになってしまったこともあった。日本語の歌詞の方が聴いている人にダイレクトに伝わる・・・と本書で言っているとおり、同感である。英語で言ったほうが伝わるという事もあるだろうし、英語で歌った(言った)方がカッコいいという意見もあると思うのだが、ある意味それは作者(作詞者)の我がままで、スキル不足なのかしれない。おそらく歌詞の中で日本語と英語が混じっているうたなんて歌っているのは日本の歌くらいじゃないんだろうか?
詩にせよ文学にせよ、外国人のコトバを日本語に訳して伝えた場合、その時点で作者のコトバでなく訳者と作者のコトバになっているのである。洋楽レコードやCDを買った歳に封入されている日本語訳歌詞カードを読んでもピンとこないのは、訳した人そのものの人格による部分がミュージシャンとの人格の不一致が多すぎるのだ。
だから、ミチロウは日本語のコトバに拘ったのだろう。スターリン、遠藤ミチロウの歌詞は遠藤ミチロウの歌詞がそのままなのである。
だからミチロウの歌詞は好きなのだ、いまさらやけど・・・。

本書には記載されていないが83年に無茶苦茶売れたスターリンのセカンドアルバム「STOP JAP...」というのがある。このアルバムはメジャーから発売するときにレコ倫から歌詞にクレームがついた為に、レコーディングをやり直した(ヴォーカルパートだけでなく演奏も含めて)経緯がある。
その一件に関するミチロウの苦言「レコ倫」というエッセイも収録されている。当初発売予定だったお蔵入りの音源は十年ほど前に「STOP JAP...naked」っていうタイトルで発売されたが、前述の『MONEY』は「I LOVE MONEY・・・」という歌詞でないのが実に興味深く。本書のミチロウの苦言と「STOP JAP...naked」が繋がり、歌いたく歌った歌詞でないことが証明される。本書に収録されている吉本隆明との対談でも少しだけ『MONEY』について触れられているが、今となっては吉本隆明が聴いた『MONEY』は変更をレコ倫によって修正された曲であったのだと思うとなんだか複雑な感じがする。

小生が音楽を真剣に聴くきっかけは、スターリンのドアルバム「STOP JAP...」からシングルカットされた曲『アレルギー』である。1分にも満たない曲、こんな音楽がこの世にあっていいのだろうか?という疑問から始まった小生の音楽生活、それは17歳くらいの時だろうか・・・・既に小生も50歳であるが、遠藤ミチロウがスターリンで1983年で32歳というから、ミュージシャンとしては若くない、32歳の時は俺は何してたっけ?ミチロウは50歳の時は何をしていたのだろう?と、巻末の『遠藤ミチロウ バイオグラフィー』を読みながら色々考える。
68歳でこの世を去った遠藤ミチロウである。30年くらい前はよく、ミチロウはパンクを利用して有名になった奴(本にもそう言ってたらしい)とか、パンツを脱いで有名になった奴とか、有名になる為にパンツを脱いだ。性格がエゴイストだとか・・・・よく雑誌やなんかで書かれていた(当時はやっぱりみんな若かったので、好きなこと言ってたんだと思う、事実かもしれないけど)。結果論から言えばそうであるが、本人にとってはパンクとかロックとかという概念は無く、彼の活動が「自分が社会をどう変えれるのか」という遠藤ミチロウの実験世界では無かったのではなかったのか?と思う。ライブでゴミをバラまいたり、ソノシートを配布したライブとか・・・全てが彼のメディア戦略の実験場だったのである。本人が本当にやりたかった音楽はアコースティックギター一本で歌いたかったと聞いたことがある。晩年はおそらく本当にやりたい音楽が出来たのだろうと思う。その為には自分自身を世間に知ってもらわなければいけない、遠藤ミチロウというブランドがの知名度が低ければ客も入らないしCDも売れない。そう考えるとスターリンでの活動は結果としては晩年の活動を支える為の土台、ベースとなったのだと思う。つまり結果的にパンクを利用したといえば笑えるが、今日現在「パンクロック」も「ロック」とかいう概念なんてちょっと時代遅れだ、革新的な部分が全くない、焼き回し文化でしかない。それよりもパンクでもロックなんてどうでもいいと考える男、遠藤ミチロウの日本の音楽文化への影響というのは非常に大きかったのである。

最近の若い方は知らいないと思うが、30年前に音楽のビデオソフトは高額で(当時)1本5000〜8000円とかが普通であったのだが、「これからのメディアはビデオ」だとか遠藤ミチロウ氏が言い出して結成したのが「ビデオ・スターリン」だった。当時発売したビデオソフトが2800円で、実はこれ以降、世の中のビデオソフトの値段が大幅に下がったのである。残念ながら発売したビデオは3本だけでビデオスターリンは解散してしまうのだが。

まさに我々は遠藤ミチロウの実験に付き合って楽しんでいたのである。

★★★★★★

中島らもさんのエッセイで遠藤ミチロウが出てきたことがある。桃山大学かどこかの学園祭で楽屋が一緒だったらしく、ふとミチロウ氏を見ると出演前らしく自分の顔に化粧をしていたらしい。らもさんが若木さんに「あの化粧どうなん?」と聞いたらそうだが、若木さんは一言「へた」と言ったそうである。

らもさんもミチロウさんも、この世にはおらず、
コトバだけがこれからも生き続ける。

2019年10月6日日曜日

悪の読書日記 ドアーズ ジョン・デンズモア(著)

2019年  10月  6日

地獄の季節はまだ続く・・・
「負(マイナス)の気分」でいると、暗黒の世界は勝手に自分のところへやってくるかの如く、偶然「見るだけ」のつもりで入った古本屋で『ドアーズ ジョン・デンズモア(著)』を見つけて即購入に至った。音楽関係の本は余程の事がないかぎり初版しか発行されない。見つけたら「買い」である。たとえ音楽雑誌のバックナンバーであってもである。ドアーズ関係の書籍こそ暗黒の世界への入り口である。
著者のジョン・デンズモアはドアーズのドラマーであった人で、となればおそらくこれが一番真実に近いドアーズのインサイドストーリであると予想する。他にも何冊かドアーズ関係の本が出ているが、ドアーズのメンバーが書いた本はおそらくコレだけだろう。ドアーズは好きなバンドの一つだが、あまり知識も無ければどちらかというと宿命の女というわれる女性、NICOがいつもライブでThe ENDを演奏していることと、遠藤ミチロウが熱狂的なドアーズのファンであったことが、ドアーズが好きな理由になっているも事実である。スマホには全アルバムを落としこんでいるが朝からドアーズを聴くと一日が終わってしまうので朝の通勤でドアーズを聴くことは避けている。
その割にはどうやって、あの四人が揃ったのかなどはあまり知らず。ジム・モリソンの凄まじき行動の過去の話題などが先行している感じがしてならなかった・・・そんな事もあってか、結局古本屋で見つけて迷うこと無くレジへ持って行った。
原題は『Riders on the Storm』である、日本では1991年に発売された本だがタイトルはナンセンスだな。ちなみに仕事でパニックになったら、頭の中で『ハートに火をつけて』が鳴っている。


話はドラマーであるジョン・デンズモアがどうやって音楽を始めたのかから始まるのだが、時代背景もあり厳格なカトリック教徒の母親に育てられたジョンは、幻覚剤LSDなんどやったりして、違った道を歩み始める・・・面白いのは60年代後期にジョンは瞑想教室で瞑想を習ったことが機会となった、これがドアーズに至るのである。LSDの代わりになればなんて気持ちも少しあったようであるが、60年代の後半のヒッピーとかなんちゃらの時代、既に瞑想はこの頃から世界最先端だったのかもしれない。

世のバンドが売れてライブの動員数が増えていくと、ヴォーカリストは精神的に厳しくなるという話を過去に聞いたことがある。何千人、時には数万人の観客の「気」を一人で受け止めているのであるから、精神的も可笑しくなるのも当たり前かもしれない。ドアーズのジム以外の三人は当時の音楽雑誌 (新聞社だったかも)にヴォーカリスト以外はひたすら演奏しているみたいに書かれたらしく、その事実を考えても、日を追う毎に益々熱狂していくファンの「気」を一人で受け止めていたのだろう。ドアーズ=シム・モリソンと思われるのがジムは非常に嫌だったらしく、ジム・モリソン&ドアーズとメディアで言われたら自ら訂正させたりするくらいバンドとしての意識は強かったようで、その反面他のメンバーには殆どそういったことを相談さえしなかったのだと思うが、可笑しくなっていく精神を酒やドラッグなどで紛らわしていたのだろう。
また、バンドが有名になればこれまで友達という関係で始めたバンドだったが、レコード会社や所属のマネージメントの関係で友達関係で無くなっていくのでマネージャーを介しての関係となることもおそらくジムのココロを正常に戻す機会とタイミングが減っていったのだろう・・・と勝手に想像する。

結局はドアーズの解散はジム・モリソンの死で現実的には終わるのだが、それ以前にジムの奇怪な行動とその後始末の対応にメンバーがついていけなくなるのである。そしてパリで休養中のジムが帰らぬ人となり、バンドは事実上解散同然になるのである。
ジョン・デンズモアは本書の冒頭で、もう少しジムとコミニュケーションを取るなりして、何とかする手立てがあればジムは死ななくてすんだんだろうと後悔をしている感じがする、死ぬ三週間前にシムから電話が掛かってきて次のアルバムも作ろうみたいな話をしていたことも書かれている。もし、パリで死ぬことが無ければドアーズは次の作品を作っていたかもしれない・・・・しかし、他の3人は乗り気では無かったのが事実。このときジョン・デンズモアは正直帰って来てほしくなかったみたいだった。

昔々、よくドアーズのジム・モリソンが生きていたら世界の音楽史はいまとは全く変わっていただろう・・・と友人と良く言ってたのだが、果たしてそうだっただろうか?といまこの本を読み終わって感じる。この4人でこそドアーズなのである・・・いくらフロントマンのジム・モリソンが素晴らしい詩人であっても、パフォーマーであっても、それを盛り上げる3人がいないと、ジムは只の酔っぱらいなのだ。ドアーズではない。もし生きていても多分、彼の謎の行動は誰も止められずバンドの分裂は避けられなかっただろう。バンドを解散して、一人のヴォーカリストになって上手くいくのは日本の音楽産業くらいしかありえないんじゃないの?と。それ以前に既に3人は前述の通りジム・モリソンを支える気力が完全に無くなっていた。彼が生きていたとしても、ドアーズは終わっていただろう・・・つまり、もし彼が生きていても音楽史にはあまり影響無かったような気がする。

結局、カリスマのヴォーカリストであるジム・モリソンが死んでしまってこそ、それが伝説的になり、より強く印象付けされてしまったのだろう。ジョン・デンズモアはジムに対してこう言っている、『・・・君の自滅的な生き方が賞賛されているんだ、君のヒーローたるポードレールやランボーに代表される19世紀フランスの頽廃主義がアメリカに上陸したのだ。 ああ、わが屍のなんと美しいことか。 僕にはいただけない。絶対に・・・』(本書より抜粋、訳:飛田野裕子氏)と。

週末はドアーズ記念日の如く、ドアーズを聴きながらこの本を読んだ。読んだあと、これまで聴いていた音とは別の音を感じるようになった。ドラム・・・太鼓の音、ギターの音、ジムの声、オルガンのソロ。やはり、ドアーズはこの4人でこそドアーズなんだろう。一人でも欠けるとそれは違うバンドなんだと、つくづく感じた。

地獄の季節はまだ続くのである・・・

2019年9月29日日曜日

悪の読書日記 空の気(くうのき) 近藤等則✕佐藤卓(著)

2019年 9月 29日

ここしばらく精神的に壊れそうな9ヶ月。そしていまそれがピークかもしれず、仕事で気を紛らわして生き。疲れたらサウナや銭湯を廻り汗をかき。脳ミソの滋養強壮にスマホで近藤等則の電気トランペットの音を聴くというような生活をしている気がする。果たしてこれから俺は何処へ行くのか?春先にすべきサボテンの植え替えを忘れ、来春まで待たなければいけないが来春まで生きているのかもどうかも怪しい・・・・と感じる9月末。



このブログで一番多く登場するのは著者は何故かミュージシャンの近藤等則氏である。何故かってよく考えたら人生で一番大きな影響を受けた人間だからである。そして文章で人を惹きつけるミュージシャンは出す音も面白い。文章が面白くないミュージシャンの本を出しているミュージシャンの音はつまらない、FxxK OFFだ!!
音とコトバを製造する脳ミソの部分は異なるのだが、何処かで繋がっているのか、コインの裏と表なのか・・・そんな事は俺は解らないし知らん。なんで人間が生きているかさえ解らないのだから。俺は科学者ではないし・・・よの中は解らないことが殆どなのだ。


90年代の初めだったか、半ばだったか・・・近藤等則氏は日本を離れてアムステルダムへ行ってしまった。そして、「地球を吹く」とか言ってだれもいない砂漠やヒマラヤの山奥や日本の海岸、海峡やアラスカの雪の平原のなかの大自然の客の居ない場所で電気トランペットを吹き始めた。どうしたことか・・・と思ったが。実は昔々、小生は高野山の大木に囲まれたあのお墓の石畳を歩いていて、こんな何百年も生きている大木にか囲まれた山の中で音楽が演奏できたら凄く気持ちがいいのでは?と思ったことがある、しかし、高野山は巨大な墓地で人生のこれまでの大先輩が眠るところ、こんなところで演奏するなんて論外、大バチあたりで高野山の僧侶に火あぶりにされる。しかし、自然のなかででの演奏っているのも「あり」なのでは?と思ったことが過去にあった。

『空と気』には、IMAバンドを一旦辞めて、どうしてアムステルダムへ行き、そして「地球を吹く」に至ったのかが語られている。IMAバンドを続けていれば収入は安定したが、近藤さんはそれを選択しなかったらしい。
この本が面白いのは、デザイナーの佐藤卓氏の語るデザインについての話である。どちらかと言うと正直なところ、近藤氏の話は過去に書籍や聴いた話や、ネットで流れているインタビューやSNSに掲載されている話で、どうしてアムステルダムへ行き、「地球を吹く」に至ったかと近藤家の夫婦喧嘩の話以外の殆どの話は既に少しは知っている話だったりする。つまり二十年以上前から言ってることが近藤氏はブレていないのである。既に近藤等則マニアの人はこの本では、ブレない精神の近藤等則に感動するしか無い!ということなのかなと。この本が最初の近藤等則の本である人は、それはラッキーということであろう。
で、その佐藤卓氏は「キシリトールガム」「おいしい牛乳」のパッケージをデザインされた方である。
その佐藤氏が言うには、「デザイン」という概念など昔々の日本にはそんな概念や考え方などは無かったらしい。明治時代にアホみたいになんでも輸入した一つが「デザイン」という概念のようで。元々よいデザインのものは「デザイン」なんて呼ばない。江戸時代までは「デザイン」として考えることは無かったそうである。
つまり、デザインが主役になるのでなく、「あいだをつなぐもの」で素晴らしいデザインはそもそも気づかれなくてもいいのだそうである。
そういえば二十年以上前、日々一緒に水泳の練習をしていたプロのクラシックギターリストの田頭雅法氏は僕に言ってくれてたのが、人が聴いて気持ちいいと感じてもらう音楽をしたいが、存在感がない・・・川で水が流れているけどそれが普通、あたりまえで誰も意識しないけど水の流れる音が気持ちがいいと感じるのと同じような音を出したい・・・と。
全く同じである!
「そこ」にある事に気づかない、気づかれない、存在が注意しないと解らないけど素晴らしい物それが「デザイン」であると佐藤卓氏は語る。
これだけでもこの本を読む価値はあったのである。二十数年前の小生の過去の記憶と経験が繋がるのである。

そして、近藤氏も佐藤氏もコンピュータで音を作る、線を引くという100%コンピュータに頼った製作があんまり宜しくないと。人が集まって演奏する事でほんの小さなズレができる感覚がとても気持ちがいいのだが、100%打ち込みで作るとそれが存在しないのでなんだかつまらない。佐藤氏に限っては「気持ち悪い」と・・・生まれた時から身近に携帯電話はある、街なかにコンビニはある。家にネットはあるという世代は既に型にハマっているのだと思う。それがなぜつまらないか、気持ち悪いかがその感覚が無い、ある程度色々なことを経験しないと感じないのであろう。
それに気がつくか付かないか?は一冊の良い本に巡りあうかあわないかの確率と同じくらいなのだろうか??

2019年5月4日土曜日

悪の読書日記 メタル脳 中野信子(著)

2019年 5月 4日

今回は『メタル脳 天才は残酷な音楽を好む』 中野信子(著)である。先日、音楽を始めた経緯についてこのブログで少し触れたが、メタルも聴くのである。生まれも育ちも大阪、関西人はメタルが好きなのです、多分。いや一部の方々だけだと思うのだが。
読書と並ぶ人生の大事な行動、ライフワークにオープンウオータースイミングというのをやっているのだが、このレース会場にくる人のほとんどが、これまで参加したレースで入手した参加賞のTシャツを着ていたり、学生は所属大学のTシャツを着たりされていますが。昨年とあるレースでいつもの如くアイアンメイデンのTシャツを着てあるいていると、初めて「アイアンメイデン好きなんですか?」と見知らぬ人に声を掛けられたのですが、その方は「ジューダス」のTシャツを着ていた・・・。



『メタル脳』の著者、中野信子氏は有名な方らしくテレビ等にもよく出演されているらしい。また、著書もかなり多数発表されている方であると、読み終わってアマゾンで検索したら解ったしだい。テレビは殆ど観ない(海外ドラマのみ)ので全く知らなかった。
よく欲求不満最高値更新で音楽を聴きまくって現実から逃避したり、メタルに限らず音楽でストレスを解消する人が多い世の中だが、単にストレス解消にはメタルです。アイアンメイデンの最近のライブ盤はギターが3人なので、右、左、中央とギターの音をヘッドホンで聴き分けて聴くと頭にいいですとか、アイアンメイデンは他人に優しいチャリティー活動が好きとか・・・そんな解説を集めて「やっぱりメタルよね?」という本ではなく。著者のこれまでの経験と併せて出処の明確な学術論文をベースに、「なぜメタルなのか?」を解説されている(巻末に論文の掲載サイトも明記されている)のが当たり前だが凄い。例えば、数年前に話題になったモーツァルト療法は嘘だったそうである。

冒頭でも少し書いたが、前回このブログで小生は昔々、インプロビゼイションいわゆる即興演奏をしてたと書いてたくせにメタルか?と思われるかもしれないが、音楽のきっかけはパンクだったりと…書いていた通り、そこにはご承知の通り重なる部分が多いのも事実で、馬鹿テクのハードコアはいつしか、パンクでもなくメタルでもなくいいあんばいになるのは日本もイギリスも同じような気がする。
また、自宅でギターの練習をするときは、殆どがメタルの曲をコピーしてみることにしている。昔々より他人の曲は人前で弾かないが、自宅では練習として他人様の曲で練習したり、数値を音にすることで脳ミソを鍛えられるという研究結果があるということでいまも脳ミソの活性化ということでギターの練習はやっていると、やるなら難易度の高いメタルの曲で練習する様にしている。

本書を読んでいて、色々なメタル好きの考え方など、あっこれそうなんよね〜っと自分自身で思うところと、同僚のメタラーも本書に書いてある内容と同じ行動、同じ性格であるところを見ると、科学的に我々はメタル脳なのであろうと簡単に判断できてしまう。

メタル好きの興味深いところは、「偽メタル」というような作為的に作られたのが嫌いな為、世の中の胡散臭い奴を容易に判断できてしまう。最新アルバムで歌詞の内容や音が大幅に変化すると失望だけでなく、裏切られたと思ってしまう。さらに自分たちの仲間以外の存在を攻撃してしまう恐れもある。この点はメタル好きに限らず、アメリカ西海岸のパンク、ストレートエッジ(XXX)などは、自分達の思想以外の人々や、ちょっと横道にそれてしまった仲間を暴力的にバッシングする傾向があるのと同じだと考えれる。やはりパンクとメタルは通じるところがあるのか…と、思いきや、著者はメタルは非社会性、パンクは反社会性だと、確かにそれは言えるかもしれない。

非常に面白く読まさせて頂いた。よくある巻末にアルバムガイドみたいな、このアルバムが良い…みたいなページが無いところが、著者の思い入れを感じる。
しかし、この先を書いて頂きたかったと思う。この状態ではなんか、正しく脳を鍛える本(脳トレじゃないですよ!)とあまり変わらない気がする。知りたい、読みたいのはさらにその先なのである。

また、バンド紹介でナパーム・デスを紹介されていたが、メタルが日本的であるという内容を書くなら、初期のナパーム・デスのヴォーカルスタイルは日本のバンドG.I.S.M.のセカンドアルバムに影響を受けてること。また大阪のSOBというバンドと親交が深かったことも書いてくれた方がコミュニティ、オタク的であるという話が濃くなった気もするのだが。
ここまでくると懐かしき『へぇ~』になるのだが、ナパーム・デスの世界最短の曲は『へぇ~』で紹介されていたのも事実である。



2019年4月30日火曜日

悪の読書日記 我かく戦えり 近藤等則(著)

2019年 4月 30日

巷では本日『平成最後の日』だと言っては何かにつけて平成最後!、平成最後!と平成最後の大安売りである。イオンにいたっては、平成最後の5%OFFときた、イオンカードでさらに5%OFFなのである。なんでも来いなのだ・・・。
昔々、音楽を始めたきっかけは、日本のパンクバンドリザートとオートモッドという日本のパンクバンドの影響だが、実際に楽器を奏でてギグをするように至るきっかけというか、フリーインプロヴィゼションをやり始めたのは電気トランペッターの近藤等則氏の影響そのものである。当時というか20年位前にやってた音楽はフリーインプロヴィゼイションいわゆる即興演奏であった。元々パンク⇒ノイズ⇒轟音ギター⇒即興・・・というルートにするのが一番説明が簡単であると思う、というかこの詳細は個人的過ぎる内容なのでどうでもいいことであろう。



ふとしたことで、十数年ぶりに近藤の『我かく戦えり〜近藤等則の即興的人生論』を再読してみた(多分これまで3回目以上少なくとも読んでると思う)、まだまだ中国が今の経済力を得るはるか前、ロシアが崩壊する少し前に書かれた本であり、当時80年代〜90年代に日本のグループで日本以外の海外諸国で演奏活動をしていたバンドで、ライブ数は断トツだったIMAバンドだった。そのIMAバンドを率いていた近藤のコトバは非常に重要で、今読んでもかなり心に響いいてくる。決してタレント本なんかでは無く、ミュージシャンが適当に出版する音楽のおまけみたいな本では全くない。確かに雑誌等のコラムに掲載された文筆も含まれているのだが、それですら実に興味深い内容が多い。
本書が発売されたのは1992年、時代はバブル崩壊直後だったが、日本でサラリーマンが家をまだまだ買うことが出来なかったりした、銀行ローンの金利が高かった時代でそれに関係するする話などが少々懐かしい。
どういう訳か俺は、ある日会社帰りにあべの橋のユーゴー書店の地下一階でこの本を手に取り取り買って、近鉄電車に乗り込んで電車の中でこの本を読み始めた記憶がある。そして結果的にそのあと人生が狂ったように即興演奏にのめり込んで行くのである・・・が、当時聴きこんでいたNYのバンド「NAKED  CITY」のサックス奏者であるジョン・ゾーンが実は近藤のニューヨーク時代の親友だったという話も大きく影響しているのだと今になって分析できる。ぶっ飛んだ奴らはどこかで繋がっているのかと、これに感動した覚えがある。ジョン・ソーンは同時期に元ナパーム・デスのBPM計測不可能超高速ドラマー「ミック・ハリス」と「PAINKILLER」というグラインドコアみたいなジャズバンドを演っていた、じつはコレもお気に入りだったのは彼らが即興演奏だったというのも前述の俺自身がパンク⇒ノイズ・・・というところであるからだと思う。
この本を読んで直ぐに、俺はCD屋や中古レコード店で「近藤等則IMAバンド」のCDやレコードを買い漁り始めた。そしてIMAバンドを聴きまくった俺は思った・・・

これだ!、と。

そして翌月、俺は渋谷のクラブクアトロで電気ラッパの爆音に旧友達と酔いしれていた。
ラッパって、逆さまに吹けるのか?

IMAバンドはインプロビゼーションでは無いが、これは絶対に演ってみる価値があると確信した。


結局、今現在、音楽の活動はしていなのであるが、記憶を戻せば当時社会人になって一年目か二年目だった。なんでか当時も今の様に日々なんでか悩んでいた。仕事の面でうまく行かなかった事もあったと思う。そんな時に出くわしたのがこの本だった・・・これで俺の人生は大きく変わっていった。変わっていったといよりも価値観が変わっていったのだと思う。それまで、一年か、二年やっていたサラリーマンの生活に疑問やなんか違和感なんかもあった。しかし、現在もサラリーマンであるのだが、現在は周りの人からは大分変わった奴と思われているのは事実である。その理由はこの通りなのだ・・・

今でこそ、マクロビだ、血液は腸で作るとか、玄米だ・・・と言われているのだが。殆どの内容は既に近藤が20代の頃にやっていたらしく、自分を強くするために色々と試したそうである。ミュージシャンとして世界で闘うのなら、既に体力ではアメリカの黒人に負けている。そんな状況で世界で勝負出来る訳がないと考えた結果のことらしが、現在でも状況は変わらないが、体力どころかいまだに文化力ですら負けている。そんな考え方も、この本を読むまで解らなかった・・・


「本」は何気なくいや突然、偶然にみえて必然的にやってくる。一冊の本の出会いが人生を変える事があるのかといえば、あるのである。本を読まない人はどういったところで人生が変わるポイントに出くわすのだろう・・・?。そんな他人の事は忘れ・・・常に本を読む人間であっても、その本が本当に必要なのかどうか、読んで理解できる人間でその時にそんな人間であるのかどうかで偶然なのか、必然なのかが大きく変わってくる。
そして書いた著者もおそらく、他人の人生がこれで変わると思って執筆していないだろう。しかし、現実に一冊の本で人の人生が変わることもあるのである。


そして俺はもうひとつ解った、面白くない文章を書く人間の奏でる音は、全く面白くないと。

2019年2月7日木曜日

悪の毒書日記 神/新しい創造物―ジム・モリソン詩集

2019年  2月 7日

朝からドアーズを聴くと、1日が終わる気がすることがある。
昨夜、スマホを枕元に置いて、本体のスピーカーからドアーズのセカンドアルバムを聴きながら寝たのは良かったが、アルバム全曲リピートに設定していた為、早朝4時に「まぼろしの世界」で一瞬目が覚めて気がつくまでセカンドアルバムが繰り返し鳴り続けていたみたいである。
潜在意識のなかで、悪影響を及ぼさないといいのであるが…と、『まぼろしの世界』に本当に足を踏み入れた気分になる。




昨夜のことが原因か否か、
ジム・モリソン(ドアーズ)の詩集『神/新しい創造物』をふと読みたくなり、天井裏から探しだして手元へ持ってきた。原題は『THE  LORD/NEW CREATURS』である。

実は正直、詩集はあと町田町蔵とパティ・スミスほか僅か数冊しかもっておらず、  自称相当量の本を読むのだが、詩集は片手程度の冊数しかない。さらにどうやって(?)読むかすらわからぬというか(ブログのサブタイトル同様)苦手なのだ。だから今の小生の読み方、詩集の楽しみかたはこれが正しい手順なのかも解らず…ただコトバを追いかけるという読み方で、あとはコトバから頭のなかで想像力におまかせである。


これも小学校の国語の授業が政府の御用達の為、殆どがつまらぬ教材を選んだことと、当時の教師が小生の文章の解約を理解しなかったのが原因なのかもしれずと、勝手に正しい 勘違いをしているのかもである。
そもそも、作者の言いたかったこてはなんでしょう?とか、作者じゃない人や教師が勝手に決めてどうするねん?という疑問をもちながら小中高の学生生活を送っていたのが現実なのである。

ジム・モリソンはミュージシャンながら映像の学校に通っていたにもかかわらず、バンドを組んで自分自身をコトバと音楽で表現して生きていた。

この詩集はよくあるバンドの歌詞を納めた詩集でなく、詩集として彼が出版した作品の日本語版で、日本語訳以外に原文(英語)も付けられている。訳された訳者がどういった方か解らないが、原文と合わせて読むことで自分なりに本来の作家が表現したかったコトバをダイレクトに直接感じながら、日本語のコトバと併せて読みながら感じることが出来る。

本を読んだ内容は日々忘れていくなか、詩集というのは短時間で何度も読めるモノ(コトバの集合体)なのか?忘れたらまた読む、忘れてもまた読む、読みたいからまた読む…
いま本当に生き苦しいから、ジム・モリソンの詩集を読む…

この詩集には勿論収録されていない、ドアーズの『The END』の歌詞をCDのケースから取り出して読みたくなった。

2019年1月31日木曜日

悪の毒書日記 スケルトン・キー グレイトフルデッド大辞典

2019年 1月 30日

20年インターネットとYoutubeの出現が早かったら、グレートフルデッドのファンやメンバーは相当インターネットを利用したに違いない。
今は亡き、あのプリンスがインターネットのおけげで儲からないと言っていたが、グレートフルデッドは間違いなく儲けるつもりはかっても、インターネットで儲けていた・・・儲かってしまっただろうと思う。もし今、グレートフルデッドがまだ健在であれば、また違ったインターネットの世界が出現していたかもしれず、・・・しかし「たら・れば」なんてのは妄想であると思う、いや個人的にそう思いたいのかも知れない。

インターネットの動画サイトYoutube にグレートフルデッドのジャムセッションを編集して二時間とか、五時間にした音源をアップしている人がいる。
誰か知らない人が個人テープや色々な音源を勝手に混ぜ合わせて編集して自分の好きな絵や写真を張り合わせたりしてデータ化してアップロードしているのである。彼らに悪意はなく、むしろグレートフルデッドの魅力を今も伝えようとしているだけなのである。

グレートフルデッドは基本的におコンサート会場でファンが個人的に録音した音源はトレードや共有はして良いが、海賊盤業者に営利目的に渡してはならない。海賊盤業者に限らず、営利目的に使用するのは禁止である。もしコンサートの帰りに警察官にスピード違反で車を停められた場合は録音したテープは警察に押収されて海賊盤の業者に渡されないように直ちに車を停められた時点で真っ先にカセットテープを破壊して処分しろという掟があるくらいである。


ここ暫く個人的に色々あって、コトバを主とする日本語の歌詞のある音楽を聴きたくないので、最近はずっとグレートフルデッドのジャム音源をYoutubeから聴いている。聴いている音源のトータル時間は合計十時間。殆ど人間の発する歌詞はなく、ギター二本とキーボードがーフロントのセッションで気持ちがよすぎる。

参考までに




もしも、仕事なのでアイデアに困ったら手元にある辞書をパラパラと引けばアイデアが出てくると教えてくれた師の事務所の本棚には、色々な辞書や辞典が置いてある。だが、そんな師の事務所の本棚にでさえこのグレートフルデッド辞典『スケルトン・キー』は置いていない。
この辞典には、前述のコンサート帰りの警察に停められたときの対処方法など、ありとあらゆる話や人物、専門用語などがAからzZへと順に並んで掲載されている。
仕事でグループ討議のある研修会には必ず持っていくのはこの本である。顧客第一主義、顧客満足度ナンバーワンを目指すにはグレートフルデッドの視点に立って考えてみるのも一つの手段である。
真面目にこんな事を会社の上司や役員に言ってもなかなか理解されないのが普通なのであろう。それは教養を付けるには、タイトルに「教養」という文字が入った本を読むことが教養に繋がると思われているからではないだろうか。なぜか『1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365』という本が売れる時代なのであるから、このようなグレートフルデッドの辞典なんどは売れるはずがないと思う。

しかし、50年後も正当な評価されるのは間違いなくグレートフルデッドであると言える。読むだけで身につく教養なんてのは存在しないし、グレイトフルデッドの影響は滅びる事がないくらい浸透している、それはまさに文化の域まで達しているからである。